人は目に見えるごほうびが欲しい

デマは発生しているのか?

日本のみならず、世界各地でトイレットペーパーなどの買い占めが起こっています。
それに対して「トイレットペーパーがなくなるのはデマ」「デマに踊らされず、冷静な行動を」と呼びかけられています。
今、トイレットペーパーを買う人は「デマに踊らされている」のでしょうか?

あくまでも私の周囲の話で科学的根拠などはありませんが、私の周囲で「コロナウィルスのせいでトイレットペーパーが足りなくなるから買っている」と、デマを信じてペーパーを買っている人はいません。

みなさん「トイレットペーパーをみんなが買っていて、ウチで買えなくなると困るから買っておく」と言っています。
つまり「みんなデマに踊らされている。だから仕方なくウチでもペーパーを買っている」と言いながら、そんなデマに踊っている人は(おそらくほとんど)いないんですね。

だから「みんなトイレットペーパーがなくなるデマを信じているので買い占めている」は、正確には間違いなのかもしれません。単にウチが足りないと困るから無くなる前に買う、の行動の積み重ねだけのようです。

自己成就予言とは

このような現象の説明として、自己成就予言(もしくは自己達成予言)があります。
根拠はなくても、予言を無意識のうちに実行し、実際にそうなってしまうことを指します。

たとえばこんなケースです。
恋人が欲しいと思っている人が、占い師に恋人ができるかどうかを占ってもらいました。
占い師は「今年はいい人は現れない」と告げました。
するとその人はがっかりしてしまい、「どうせ今年は行動しても無駄」と、恋人をつくるための行動を起こしませんでした。
その結果、実際に恋人はできませんでした。
恋人をつくろうとする行動をしなかったので当然といえば当然です。
しかしこの人は「ああ、占いの通りだ」と占いが当たったと思ってしまいました。
占いを信じてそれに沿った行動をしたため、占いがその通りになってしまっただけなのに、です。
これが自己成就予言です。

トイレットペーパーの騒動もそれと同じ説明ができます。
「トイレットペーパーの買い占めが起こっている」という報道が流れます。
するとその情報自体が、人々に「じゃあなくなる前に買っておいたほうがいい」という行動を起こさせます。
占いと恋人の例では、占いは行動を「起こさせない」方向に自己成就しましたが、報道とトイレットペーパーでは、報道は行動を「起こさせる」方に作用してしまったのです。
結果、報道ではこう言っているから…と報道の通りに買い占めが起こり、ますます不足し…と悪循環になってしまいました。

そうはいっても、「明らかにトイレットペーパーが足りている人でも買おうとするのはなぜだ、そんなに消費はしないのに」という疑問も沸いてきます。
真偽は別ですが、ネットの書き込みなどによると、毎朝ドラッグストアに並んでマスクとトイレットペーパーを買って帰るお年寄りもいるそうです。

人間には現状維持バイアスという心理・考え方のクセがあります。
危機が迫っているのに行動をしないのは、行動をすると危機を認めてしまうことになって心理的抵抗があることや、現状維持で「自分は」大丈夫なはず、と変化しないラクなほうをつい選んでしまうことなどが原因です。
そのため、「現状が維持されるはず」と思い込んでしまうのです。
この現状維持バイアスが、災害などで避難が遅れがちな理由です。

動くことで不安を解消しようとする

しかし人間の心理とは不思議のもので、この現状維持バイアスと逆の心理もあります。
正式な名称は不明ですのでわかりやすく書きますが、人間には「危機に対して、何か動くことで『自分は危機に対処しようとしている』という満足感を感じたい」、簡単に言えば、動いたほうが良くなるだろうと思ってつい動いてしまう心理のクセがあるのです。

山で遭難したとき、動き回ってはいけないと言われます。
下手に動いて滑落などしてはいけないし、じっとして体力を温存して救助を待つことが一番助かる可能性が高い、と言われます。
しかし多くの遭難者はそうせず、動き回ってしまいます。
これは「動いている」、つまり何らかの行動をすることで「自分は助かろうとトライしている」と、助かる可能性に近づいているように感じてしまうからです。
確率的にはじっとしていた方がよいと頭ではわかっても、「でも野垂れ死ぬのはイヤだ、自分で助かる道を選びたい」と思って行動をしてしまうのです。

人間は危機にあって、「危機を認めているのに動かない」でいると、自分が動けない無能であるかのように感じてしまいます。
自然災害などの場合では、危機そのものを認めないので、現状維持バイアスで「動かない」を選択してしまいます。
しかし今のコロナウィルス騒動のように、現実として危機を認識しているときは、それに対して「動かない」という選択肢を取れないのです。
何かしら動いたほうが、「自分は危機に対処している」という精神的な充足感が得られるからです。

とはいえコロナウィルスは病気であり、それに対する何か具体的な行動ができるわけではありません。
マスクをする、家にいる、なども「行動」ではありますが、それによって明確なプラスがあるわけではありません。
人は目に見える具体的な成果がないと動けないのです。

目に見える”ごほうび”がトイレットペーパー

ではここで、コロナウィルスという「危機」に対する、目に見えて具体的な「成果」とは…。
そう、トイレットペーパーを買う、という行動です。

これならトイレットペーパーを手に入れる、という目に見える「成果」があります。
大げさに言えば「自分はコロナウィルスという危機に対策をしている、適切な行動をしている」という「満足感」が得られるのです。

ウィルスという目に見えない「危機」に対して、マスクをする、家で安静にする、などは対処として正しいことはわかりますが、それによる「ごほうび」があるわけではありません。
それに対してトイレットペーパーを買うことは、目に見える達成感がある「ごほうび」であり、充足感があります。
だからトイレットペーパーを買う、という行動を起こしてしまうわけです。

長くなりましたが、個人に「目に見える達成感、ごほうび」を与え、感じてもらうことは企業のプロモーション等でも大事です。
たとえばポイントカード等をスマホのアプリに集約する動きがあります。
これは確かに利便性が高いのですが、「目に見える達成感」という意味では紙のスタンプカードも侮れません。
わかりやすい実感、ごほうび感、「私のやったことが成果として見える」ことが満足感を持ってもらうためには必要です。

代表・幸本陽平 プロフィール

幸本 陽平
幸本 陽平
化粧品デパートのマーケティング業務に携わり、その後独立。
研修や執筆、マーケティングをわかりやすく伝えるための活動などに取り組む。

(株)東風社代表取締役 中小企業診断士 一橋大学卒
広島市在住、新潟県長岡市出身

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