なぜ、プレゼンで「共感」を得てはいけないのか

プレゼンテーションの「常識」といえば

プレゼンでは最初に「問題提起」をする。
それによって、観衆や顧客の興味を引き付け、共感を得る。
そこから本題に入る。

これはいわばプレゼンの基本です。
このセオリーを守ってプレゼンしている方も多いのではないでしょうか。

しかし、気を付けてください。
ここに大きな落とし穴があります。

  • この問題提起に対して、聞き手が「そうかな?」と疑問を持ってしまったら?
  • その疑問が解消されることなくプレゼンが進んだら?

その後、どんなに論理的に、もしくは情熱的にプレゼンしても、聞き手の心には響きません。

「私には、それって別に問題じゃないな」
「それも人によっては問題かもしれないけど、本質はそこじゃないだろう」

といったん思ってしまうと、その後の話は入ってこないのです。
これでは、プレゼンテーションはうまくいきません。

問題提起がズレた実体験

先日、ある惜しいプレゼンを体験しました。

ある事業についてのプレゼンテーションで、冒頭が以下の通りでした。

「現在、広島県は若者の人口流出が問題です。解決しなければなりません」

その後、「原因を考えると…対策としてこの事業を…」とプレゼンは続きました。

しかし、私の思考は冒頭の箇所でストップしていました。
なぜなら私は、
「広島の外で活躍したい若者を無理に引き止めるより、挑戦を応援するほうがいいのでは?
若者が県外に出るのはそんなに問題ではないのでは?」
と感じたからです。

いったんそう考えてしまうと、その後「~だから、若者の流出を食い止めるためにはこれが有効です!」と熱弁されても、心に響きません。
前提が共有されていないからです。

他にも、あるプレゼンでは冒頭に「親は子供に~したいと願っているものです」と言い切っていました。
私は、いや私も親だけど別にそんな風に願ったことはないな…と思い、そのプレゼンを聞く気がOFFになってしまいました。

どちらも、プレゼンの内容そのものを判断する前に、聞く「気持ち」がシャットダウンしてしまったのです。

「共感」は諸刃の剣、プレゼンのスタートは無難に

では、どうすればよかったのでしょうか。
ポイントを2つご紹介します。

一つは、「前提を決めつけず、無理に共感を得ようとしない」

プレゼンするということは、「これが問題だ」「これをなんとかしたい」という熱量がある、それ自体は素晴らしいことです。
ただし、その話を聞く聞き手は、必ずしもあなたと同じ方向を向いているわけではありません。
価値観や前提は人によって違って当然です。

「これが問題であることは自明だ、伝えなければ」というスタンスを捨てて、
「なぜそれが問題なのか」
「どのような状況が生まれているのか」
について丁寧に伝えます。

そこで無理に「共有」「共感」しようとすると、
「自分の意見ばかり押し付けてくる」
「この人は合わない、私の考えと対極だ」
と心のシャッターを下ろされてしまいます。

では、どうすればよいのしょうか。

もう一つのポイントは、「同意しない人への別の道を用意しておく」

もし聞き手が問題提起に納得してくれなくても、その後の話を聞いてもらうための余白を残しておきます。たとえば、

「私の最初の問題意識はこうでした。これをきっかけに事業を開発したのですが、結果的に誰にとってもプラスの事業になりました。現在、この問題にピンと来ないという方も、ぜひこの後のプレゼンを聞いて……」

このような前置きがあれば、聞き手は「そうか、じゃあ聞いてみるか」と耳を傾けてくれます。

まとめ – その共感、押し付けでは?

プレゼンにおいて、問題意識が強いこと自体はもちろん悪いことではありません。

しかし、それが行き過ぎて、「自分が考える正義の押し付け」に無意識になっていないでしょうか。

「聴衆はいろいろな考えの人がいる、そもそも反対意見の人もいる」

と意識することで、プレゼンの一体感は高まります。
気をつけてみてください。

 

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