12年前の未来予測は当たっているのか? ~2019年のビッグマック~

12年前に書かれた2019年予想は当たっている?

この本を年末年始に読む予定でしたが、ようやく最近になって読了しました。

Amazon.co.jp: 2019年のビッグマック : 指南役, 高田 真弓: 本
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この本を一言でいうと、

2005-2007年に書かれた(発売は2007年)、2019年の未来を予想した小説

です。

今から12-14年後に私たちの生活や社会はどうなっているか?の予想が散りばめられた小説です。

それをあえてその2019年に読むことで、答え合わせをしよう!という意地悪な試みです。

といっても、ただ意地悪なだけではなく、

何が当たって何が外れたか?を確かめることで、これから私たちが12-14年後、すなわち2032-34年にどうなっているかを予測するのに役立つのでは

という前向きな目的もあります。

それではいってみましょう。

※当たり、ハズレのリストは後半に掲載します。

私の感想

「モノ」の進化、発明は12年くらいではさほど進まない

本書にはさまざまなテクノロジーが登場します。例えば…

・立体映像を投影する3Dチップ
・ペーパー形式でめくれる電子雑誌
・すべての車が燃料電池車かつ完全自動運転

その他、生活においても「好きな夢を見られるベッド」「身体のカタチにフィットするソファ(素材でそのようなコンセプトもありますが)」「座るだけで服も身体も洗浄が完了する椅子」など、さまざまなテクノロジーが登場します。

しかし、そのほとんどは実現していません。

さすがに12年では大幅なテクノロジーの進化、特に形ある「モノ」の進化は難しいようです。

また、詳しくは後述しますが、仮に「モノ」が進化したとしても、それを「取り入れる」か、そして「取り入れたい」か、はまた別です。

特に3Dテレビなど、3D技術も予想されていましたが、3Dはすごい!からといって、それが「どう役立つか」は別だったりします。セグウェイの普及も予想されていましたが、実際にはそうなっていないのも同様です。

反対に同書では「テレビはアナログ放送終了で一気に力を失う」とされていますが、そのような変化は特にありませんでした。

(もちろんネットの台頭によってテレビが力を失ったのは確かですが、それは「アナログからデジタルになったから」ではないでしょう)

テレビがアナログだろうと、デジタルだろうと、それはテレビという「モノ」の問題に過ぎず、「面白いコンテンツが見たい」という人の気持ちにはあまり関係がないわけですから。

○周年、は消費者にとっては重要ではない

同書には、たびたび「○周年を迎える~は記念で盛り上がる、ブームになる」という記述が出てきます。

たとえば(趣旨は少し異なりますが)同書には「映画のブレードランナーの舞台は2019年、だから盛り上がってその街を模したテーマパークがオープンする」とあります。

…映画のブレードランナーで盛り上がった人はごく一部ですよね、たぶん。

他にも、
日本マクドナルド50周年(2021年)
ドラえもん生誕50周年(2019年)
アキラの舞台年(2019年)
宇多田ヒカルデビュー20周年(2018年)
…などが登場しますが、それで世の中がすごく盛り上がった!などということは特になかったように思います。

もちろん、未来を予測するうえで、確実なのはこのような○周年です。

「それ」自体の中止などがなければ、確実にやってくるわけですからね。

でもそれが盛り上がるか、ブームになるか、はまた別の話だったりします。

実際に私自身、企業に勤めていたときは、よく○周年のイベントやプロモーションを行っていました。

でも実は内心、「これって消費者には別に関係ないよなあ」と思っていました。

「決算セール」なんてのもそうですよね。お客様にとってはその企業が決算かどうかなんて関係ないわけですから。

企業の都合をお客様に押し付けてはいけないと改めて思いました。

それと、「世間がひとつの(○周年という)話題で盛り上がる」こと自体が、もはや2007年当時と比べて少ないのかな、という気もします。

それだけ好みや夢中になるものが細分化していますからね。

スマホがないのはでかい!

そして何よりもこれ、これです。

この小説にはスマートフォンが出てきません。

そりゃそうですよね。2007年ですから。

この小説では、主人公があるオリジナルのムービーを流行らせようとします。

こんな描写があります。

言うまでもなく、ネットムービーはポータルサイト選びが鍵になる。どんなに優れたムービーも、口コミだけに頼っていては、莫大な数の作品が反乱する昨今、人目に触れることはない。

え?12年前の話ですか?って感じですね。(12年前の話です。)

今だったらもちろん、流行のきっかけといえば、ソーシャルメディアを利用したバイラル(いわばデジタル上の口コミ)の広がりを想定しますよね。

ところが当時は、まだまだ「ポータルサイトこそ重要」でした。

Facebookの日本法人開設が2010年、Twitterは2011年で、それぞれ普及しだしたのもこの頃でしょうか。なので「人目に触れる=ポータル」なのも無理はありません。

今となっては当たり前の、「画像や動画をアップして知り合いや不特定多数に見てもらう」という行為は、この頃は「当たり前」ではなかったんですね。

今ではみんな新しいテクノロジーだ!なんて思わず画像をソーシャルメディアにアップしますが、当時はほぼ存在しない概念だったのです。(mixiなどはありましたが)

反対に「それは技術的には可能でも誰も求めていないでしょ」な機能も紹介されています。たとえば「携帯電話を使うと電話をかけなくてもGPSにより登録された人がどこにいるかわかる(GPSをオフにもできるけどね)」という機能です。実際、そのようなアプリもあるにはありますし、みまもりケータイなどもありますので、技術的に不可能ではありません。でも自分の居場所を常にオープンにしておきたい人はあまりいませんよね。

他にも「お店の行列がわかるサイト」もあり、食べログみたいな感じかな?と思いきや、リアルタイムの衛星写真を利用して行列の長さを教えてくれる、のだそうです。ハイテクなのかローテクなのかわからないですね。

私の感想の総まとめ

テクノロジーが進歩しても、人の「気持ち」はそう変わらない

これに尽きます。

個人の働き方に何を求めるか、人と人の付き合い方、何が快で何が不快か…

これら「人の気持ち」に関することは、技術が進歩しても、世界が変わっても、さほど変わらない。

これが本書を読んでの感想です。

言い方を変えれば、テクノロジーが進化しても、テクノロジー「が」人の気持ちや考え方を変えるわけではなく、しょせんは人の気持ちを補佐するものに過ぎない、とも言えます。

たとえばその当時はあまり普及していなかったソーシャルメディア。

ではソーシャルメディアは、ソーシャルメディアをつくる技術が発展したから、あるいはスマホが普及したから、普及したのでしょうか?

おそらくそうではなく、ソーシャルメディアは人の根源の「人と交流することは面白い」「人こそが最強のコンテンツ」という気持ちに対応するぴったりのツールだっただけの話だと思います。

※そもそもFacebookの発端は「学校の女の顔を並べて競争・採点してやろう」というゲスの極みみたいな欲求が発端ですからね。

だからこそ、私たちは何か商品を開発したりするときには、「何ができるか」「どうすごいか、どう違うか」ではなく

それは人の「気持ち」にどう訴えかけるか/いいことがあるか

を考えなければならない、といえます。

これを使うことで楽しい!うれしい!ラクになる!笑顔になる!

…など、「機能」ではなく、「気持ち」起点で考えることが大切だ、と改めて感じました。

このあたりは、私が提供しているデザイン思考の研修が、「ヒト」を中心に考えるのに似ています。

正解/はずれ 総まとめ

本書の予想で一番凄いのはコレです。

2016年、春風亭昇太が笑点の司会者に(書籍では7代目だが実際は6代目)

マーケティングとは全然関係ないですが、この予想は年を含めてほぼ的中していたので痺れました(笑)。

※以下、カッコ内は私の補足です。

(ほぼ)当たり

声で電話を発信する(Siri、Alexa、Googleアシスタントなどもありますね)
携帯電話の指紋認証
文字の音声入力
常時録画の小型カメラ(ゴープロ、ドライブレコーダーのような)

まあまあ当たり

ネット配信のテレビが中心に(中心まではいきませんが、Netflixなどの台頭)
腕のチップにキャッシュやタイマー機能(さすがに埋め込みはしないもののスマートウォッチはこれに近い)
メニューパネル…注文内容が厨房に伝わるパネル型テーブル(居酒屋などのタッチパネル式メニューはほぼこれですね)
自動翻訳機能
独身の男女が半数ずつ住む出会いマンション(出会いが目的ではありませんがシェアハウスの普及)
2015年にコンピューターが将棋名人に勝つ(実際には佐藤天彦名人が破れたのは2017年)
2012年に上海ディズニーランドオープン(実際には建設開始が2011年ごろ、オープンが2016年。本の発売時には構想もないはず)
2020年に日経平均株価4万円 (発売当時の2007年は1.4万円前後、正解ではないものの上昇は的中)
笑っていいともが2012年に30周年で終了(実際は2014年)
ファミマ・ローソン合併(はずれだが実際はファミマとサークルKサンクスが合併)
消費税増税(これは当時から将来の増税が言われていたので当たりやすい)

はずれ

※上記本文に明記したものを除く
地下鉄の24時間運行(当時の石原前知事が推進していた)
アフリカ・ブラジルファッション流行(W杯やオリンピックが決定していたので)
立体映像を投影する3Dチップ
セグウェイの普及
テレビ局がネットテレビ局になる、NHKヤフー合併など
サイクルステーション(中国では普及したが)
2019年の出生率は1.1と予測(実際は1.42)
同性婚がほぼ世界中で認められている
難関大学の卒業が難しくなる(入学に比べて。全入時代を迎えての予想)
完全自動運転、燃料電池車への代替が進む(そこまでではない)
アサヒビールがシェアトップではなくなっている(依然トップ)
紙の新聞が2020年で廃刊、なくなる
日本でトップレスが普及

その他、個人的な感想

  • 「テレビの落ち込み、ネットの台頭」を過剰評価している。
  • 情報の流れが「マス→個人」にとどまっている。スマートフォンやソーシャルメディアが予想に登場していないので、そこが実態と大きい違い。
  • 働き方の変化も過剰評価している。「プロサラリーマン」など。もちろんそのような概念の働き方・起業家・ノマド…などいるが、当時と比べて大幅に増えたとはいえないのでは。
  • 「空間」や「映像」に関するテクノロジーも過剰評価している。バーチャルの映像や演出など、そこまで進んでいないし、望んでもいない。私たちはまだまだ平面ディスプレイで映画を見ている。
  • インターネットはいろいろと規制されていることが想定されている。当時、このままだとインターネットの世界に歯止めが効かなくなり、様々なことが規制されるはずだ、と予想したのでしょう。的中とはいえませんが、遠からずの面もあります。
  • 当時の人口動向などから、ヒスパニック系=スペイン語の台頭を予想。インドも同様。しかしそこまでではない。
  • 一方、「中国」はほとんど出てこない、ノーマーク。ここまで台頭するとは予想していなかったのでしょう。

最後に

同書は「近未来小説」なので、テクノロジーなど、かなり誇張されています。

当時の著者に、これは”ガチ”な予想なのかと聞いたら、さすがにここまではいかないだろう、と答えるでしょう。

なので私もいろいろとツッコミを入れましたが、外れてるじゃん!という非難の意図ではなく、面白いけど現実には難しいよね、くらいのつもりで書いています。ご了承ください。

では、実際に12年後の2032年、世の中はどうなっているのでしょうか?

この12年、スマートフォンの登場で世の中がまったく変わってしまったように、今の時点では想像もつかない変化をしてしまっているかもしれません。

ですが、「うれしい」「悲しい」「うらやましい」「自慢したい」などの人の「気持ち」は大きく変わっていないのではないかと思います。

テクノロジーの変化ではなく、あくまでも「人の気持ち」によりそった商品やサービスが世の中を変えていくのではないでしょうか。

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